きりくちぶろぐ

好きなきりくち(切り口)から、漫画、映画、本、思想、事柄を語ったり、やってみたり

「らしく」生きることがなぜいいのかを、論理的に考えてみたので聞いてほしい。

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最近「らしく」推しのやまだなんですが、そんな事を言ってると

 

「え、スピリチュアルにいったん?」

とか

「ビジネスの世界はもう諦めたん?」

 

みたいなことを言われて、ぐぬぬぬってなったんで、ちょっと本気出して

  

なぜ、「らしく」生きることが、本人にとっても、周りの人にとっても、社会にとっても、世界にとってもいいのかを(できるだけ)論理的に説明してみたいと思います。

 

 

1 決まったGoalがある世界

いきなりだけど、ちょっと昔受けた試験のことを思い出してほしい。

センター試験でもいいし、なにかの資格試験でもいいし、司法試験でもいい。

 

いいかな?

 

この試験に合格するために必要なことは、かんたんにいうと「合格点」をとれるだけの能力だ。逆に言うと、それ以外の能力は試験の合格というGoalには結びつかない。それどころか、時間が有限であることからすれば、「合格点」をとるための能力以外を伸ばすことは有害であるともいえる。

 

だとすると、あなたがどれだけ優しくても、どれだけ野菜が好きでも、どれだけ文章を書くのが好きでも、どれだけビールが好きでも、どれだけお年寄りが好きで、それらに秀でていたとしても関係ない。

 

これをかんたんな図にするとこんな感じ。

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そりゃ試験だから当たり前じゃね?

 

うん、だけど実はこれ試験以外でもあるんじゃないかな?

たとえば、「〜しなきゃ」って言っているとき。

 

「これからの時代、英語と会計とプログラミングは必須でやらなければならない・・・」

「幸せに生きていくためには、結婚・出産しなければならない・・・」

「人に誇れる仕事をしなければならない・・」

 

こういうのって、自分で勝手にこの世の中を「決まったGoalがある世界」であると信じているからこそ生まれてくるんだと思うんですよね。

それが悪いってわけじゃないんですが、これ以外の世界の見方もあっていいのではないかなって思ってます。

 

「あるべき姿」というのを決め過ぎちゃうと、それ以外の要素ってのが価値として現れなくなる。

 

「一流のビジネスマンは、仮説の設定能力が高くて、PDCAも高速で回せ、英語・会計のスキルが標準装備で、時流にも詳しくあるべきだ。」

 

って固めてしまうと、その人の価値はそこでは現れるけど、それ以外の「おばあちゃんのことが好きで話が止まらない」みたいな要素は価値として自分自身も周りも認識しなくなる。

これだとその人の価値100のうち、せいぜい15くらいしか表現されない。しかも、自分「らしく」そうならまだいんですが、そうなるために無理して身につけているような場合には、更に低くなる。

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僕は、「弁護士」になるために、「弁護士としての能力」を身に着けていきましたが、その1つ1つが「らしく」身につけていったわけではなく、相当無理して身につけていったので、習得も遅く、また精度も低かったです。

ヒソカに言わせると、まさに「メモリの無駄遣い♤♡」ですね。

 

 

 

2 決まったGoalのない世界

ではちょっと目線を変えて、上記のような「決まったGoal」のない世界だとどうだろうか?

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この世界だと、どの矢印に重点を置くべきという感覚がなくなる。

その人「らしさ」を極めて行きさえすればいい。そうすれば円がどんどん大きくなる。

そしてそれが、そのままその人の価値となる。100だったら100だ。

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「決まったGoalがない世界」を前提とすると、「らしく」あることが個人の価値を最大化する。そしてそれはイコール、周りの人にとっても、社会にとっても、世界にとっても一番いいことになる。だって、「決まったGoal」がないんだから、個人の価値の最大化がそのまま世界の価値の最大化になる。

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なんとなーく、世界はこっちで見たほうがいんじゃないかなーと思ってます。

どうですかね?

と言うかここが崩れると、この話全部崩れるw

 

 

 

 

3 ではどうすればいいのか?

 

「え、いいじゃん!!」

 

となってくれた人がいたら、ちょっとここも読んでみてほしい。

おそらく、個人でやることと、会社や地域などの集団でやることは微妙に違う。

 

#個人

個人では、「らしく」生きて、自分を極めるよう心がければいいんだと思う。

結構むずいよ?

だって、色んな人が「決まったGoal」を様々に見せつけてくるもん。

たとえば、10分FBをスクロールすると、いろんな「決まったGoal」を見ることになる。ビジネスの成功、結婚・出産、おもしろい遊び、可愛い女の子とのデート、おしゃれな生活などなど。。

そんなんみつつも、自分らしくいられたらいいよね。

(そういうのを羨ましいと思う事自体もらしいっちゃらしいんだけどね)

 

それと、「らしく」あるための仮説検証は結構いいかもしれない。

自分らしいと思ってやったことでも、いざ本腰入れてやると違うことがよくある。たとえば、「人に会うの好きだな‐」って思って色んな人にあっていたけど、どうにもピンと来ないことがあって、「あ!俺は頑張っている人に会うのが好きなだけで、人間一般に興味があるわけではないんだ!!」みたいな気づきがあったりする。

そういうのをどんどんやってみて、検証して、ほんとにぴったり来ることを見つけ出せばいい。

 

#集団

集団だと、①個々人が「らしく」あれるような仕組みづくりと、②「らしく」あった人たちの行動を全体の行動に導入していく仕組みづくりが必要だと思う。

 

①「らしく」あれるような仕組み

たとえば、「らしく」あることの1つの形が起業だと考えるんであれば、起業の促進を仕組みとして提供していくことになる。

また、都会ではなく田舎で生きることが「らしく」あるためには必要だと考えるのであれば、移住促進を仕組みとして提供する。

ほかにも、コミュニティー形成がそれに資する、シェアエコがそれに資する、AIがそれに資する、などなど、なんでもあり。

これはみんなが考える「らしく」あれるような仕組みづくりを導入すればいいし、それが増えてきたら嬉しいなーって思う。

 

 

②「らしく」在った人の行動を、全体戦略に導入する

これはむずかしい。

たとえば、Googleの20%ルールをこの文脈で捉えることができるかもしれない。自分が好きに作っていたものが、会社全体の戦略に反映される仕組み。

ほかにも、一人の「らしく」あった起業家のアクションが地域の全体戦略に反映される。それを地域が自覚的に行う仕組み。

※備忘録:ここは自分の興味関心分野としてもどんどん深ぼっていきたい。

 

これがうまく出来たら、創発(部分の性質の単純な総和にとどまらない特性が、全体として現れること)が起こり、全体がどんどん良くなるのだと思う。

 

 

こんな世界になればいいなーというのと、それを自分の手で進めていくことはすごく自分「らしく」いられるので、今後やっていきたいと思います。

 

まずは、この辺が最初の取り組み。ご興味あれば、是非ともご参加ください。

Local life Lab – 西粟倉

Local life Lab – 厚真 

 

 

おあとがよろしいようで。

 

 

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