きりくちぶろぐ

好きなきりくち(切り口)から、漫画、映画、本、思想、事柄を語ったり、やってみたり

自分とは違う存在 -女子高生と障害者

地元に戻ってきて、友達と打ち合わせをする時、ファミレスを利用する。

ファミレスが混んでいる際、新たに僕らが入っていくと、一斉に視線が集まったあと

 

「あ、自分とは関係ない」

 

と興味を失った顔をされる。

ファミレスの利用者の多くは女子高生だったりするから、なんかよくわからないけどちょっと傷つく。

これは俺らが30歳を過ぎたおっさんになってるから仕方ない面があり、「そもそも私達とは違うカテゴリーなのさ」というのはそこになんの意図もなく無意識のうちに選別されていたりする。

 

一方おっさん側としては、自分たちが高校生の頃もあったことから、女子高生を完全にカテゴリー外に置くのは難しい。思い出がめっちゃフラッシュバックしたり、それこそ自分の娘がこんな風になったらいいな、わるいなを考えてしまう。

 

さらに、おっさんになればなるだけ、自分と今まで無関係だったおっさんたちも自分と同カテゴリーになってきて大変だ。

 

「あんな感じになってくのかな・・・」

 

と凹んでみたり、

 

「ま、それでも楽しければいっか」

 

と開き直ってみたりを繰り返す。

自分のカテゴリーが広がりをみせるのは恥ずかしくもおもしろいものであり、また、他のカテゴリーでさえも興味を持って見えている自分が結構好きだったりする。

 


そこでふと、俺自身が

 

「あ、自分とは関係ない」

 

と思っている特定のカテゴリーの人がいるだろうかと自問した時に浮かんだのが、

 

「障害を持っている人」

 

だった。ちょっと驚きだ。

 

僕の周りには小さい頃から障害を持っている人がいた。
それこそ、友人と言えるやつもいる。

 

だけど、今俺は障害を持っている人を「自分とは関係ない」と思っている。

自分の精神的な未熟さを置いて論じると、これは俺が「選択」してきているんだと思う。

小中のように自らそこにいることに選択の余地がないような状態・周囲の状況の場合、障害を持っている人は同じカテゴリーにいた。

一方、高校受験をし、大学受験をし、所属するコミュニティー、一緒にいる友人を「選択」するようになって以降は障害を持っている人は周りにいなくなった。

 

いや、無意識に排除してきたんだと思う。
この無意識っていうのがめっちゃ怖い。

 

僕は、障害を持っている人(そもそも一括りにするのもどうかと思うが、今回はそこは省略)に対して、敬意を欠く行動をしている人に対して本当に嫌悪感を抱く。

わかりやすくいえば、死ね、そう思っている。

 

けど、無意識レベルで俺は同じことをやってるのかもしれない。

それも存在レベルでの否定だ。

 

俺が女子高生に存在否定されるのは理解できるが、障害を持っている人が俺に存在否定されるのはイミフだ。なんらの合理性もない。


俺は別に

 

「障害を持っている人を同じカテゴリーに入れよ」

 

とか

 

「みんな友達だろ」

 

とかいいたいわけでも何でもない。

 

ただ不思議なんだ。

俺は自分の価値観に従って、いろんな事を選択してきた。

なのに、なぜ「障害を持っている人」が周りにいない?

俺は、本当に物事を自分の価値観に従い選んでいるのか。

それとも、本当の自分の価値観は「障害者排除」なのか。

 

 


こわい。

だけど、一度覗いたからには、逃げるのはやめて何らかの答えを出したいと思う。

今はまだ出せてないが、そういうきっかけになった。

ありがとうよ、女子高生。

 

 

 

 

<目次>

www.kirikuchi.net

www.kirikuchi.net

 

 

 

<関連記事>

www.kirikuchi.net

www.kirikuchi.net

www.kirikuchi.net

www.kirikuchi.net