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きりくちぶろぐ

好きなきりくち(切り口)から、漫画、映画、本、思想、事柄を語ったり、やってみたり

なぜ稚拙な表現を続けるの? -二段上からだとわからない多くの考え

考え

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人生にはいろんな段階があって、不思議なことにその段階が2つ上の人からの言葉は刺さらず、1つ上の人からの言葉はめっちゃ刺さる。
 
 
たとえば、今僕は般若心経にハマっている。
般若心経講義

般若心経講義

 

しかしこれ、学生時代に読んだ時には全く響かなかった。

それこそ、
 
いやそんなこと言う前に目標とかさ、ちゃんと定めてさ
 
とか思ってた。
 
 
 
 
他にも「うらおもて人生録」にハマっている。
うらおもて人生録 (新潮文庫)

うらおもて人生録 (新潮文庫)

 

はじめこれを紹介してもらった時は、

いやいや、そんなんじゃなくてクリティカルな考え方とか、視座上げる方法とか教えてよ
って思ってた。
 
 
 
さらに、たまに学生さんの前で話すのだが、あまり刺さらなくなってきた。
昔は、イケイケ起業家志向の人らが、ぐいぐい質問してきて、エネルギー高いなーって思っていたのだけど、最近その人達全く見向きもしてくれないw
(これは、僕の話が面白くなくなったという可能性も0ではない。…0ではない。。
 
これ、タイミング悪いといえばそれまでなんだけど、まーつらい失恋してない人に、どんなに凄い失恋からの立ち直り方法伝授しても響かないというのと一緒かと。
 
 
 
自分の人生の味わいの深さがそのまま、自分が目にするモノ、体験するコトの味わい深さに繋がっている。
だから、同じ本をタイミングを変えて読むのは物凄く意味があるし、いろんな体験をすること自体おもしろく生きるための本質的なコツなんだと思う。
 
と、これは受け手側のお話。
 
 
 
与え手側で考えると、今現在の自分の考えや、表現をその都度発信すること自体にめちゃくちゃ価値がある。
自分よりちょっとだけ上の考えが、自分の考えを引き上げる。 だからこそ、今、この時点の稚拙な考えを発することは絶対に誰かのためになる。
 
 
これは、後で見返すと
 
ぐおおお
 
となることが本当に多い。
 
赤面モノである。
Facebookの「過去を振り返って見ましょう」で何度、言葉に出来ない気持ちを味わったことか。
でも当時本気で書いたことや、描いた表現をそれだけ恥ずかしくなるのこそが、自分の成長そのものだし、まあ受け止めてあげようよ過去の自分もw
 
ということで、
こんなにしょうもないことを発信してもいいのだろうかと思ったら、騙されたと思って一旦発信してみて。
誰も見なくてもいいやん。
恥ずかしくてもええやん。
少なくても数カ月後の自分が
 
ぐおおお
 
ってなるくらいの影響はあるんだから。
 
そんな感じでおあとがよろしいようで。
 
 
 
<目次>
 
 
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