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きりくちぶろぐ

好きなきりくち(切り口)から、漫画、映画、本、思想、事柄を語ったり、やってみたり

逃げる価値、向き合う価値 〜仕事から逃げるという方法論〜

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「仕事つらい、辞めたい。けど、ここで辞めたら逃げなんじゃないかな?」

 

そんな相談をされることが多いです。

 

だけど、

「逃げる」ってめちゃくちゃいい方法だと思いませんか?

 

一般に「逃げる」ということはネガティブに捉えられがちです。
だけど本当にそうなんでしょうか。

 

・今それをやっている事自体が辛くてたまらない

 

・「これ意味あるの?」という疑念がつきまとう

 

・やることで誰かを傷つけている

 

 

こんなときに、その場に居続けることにどんだけの意味があるんですかね。

 

 

それに「逃げる」ことでいいこともたくさんあります。

 

例えば僕は、少年時代からやってたサッカーから逃げました。

理由はまあ、今思うと僕がくそ生意気だったとかそういうのなんですが、7歳位からやってたサッカーに行かなくなりましたね。

 

今でも

「あーあのままサッカー続けてたらどうなってたんだろう、、」

って妄想はするのですが、

 

「逃げなければよかった」

 

とは絶対思わないです。

 

サッカー辞めて、学校行くとなんとなくコソコソしなきゃいけない感じで、よくわかんなけど全部気まずかった時、居場所になってくれたのはヤンキーの方々でした。

 

なんでなんでしょうね?
あの方々はまじで居場所のないやつに優しいですw

 

 

僕は、サッカーから逃げたおかげで、その後もずっと仲いい友達を沢山手に入れました。
まじでありがたい。
逃げて本当に良かったと思っています。

 

 

他にも、恋愛で辛い時、勉強や仕事に逃げたおかげで今の自分があると思っています。

 

 

ほら「逃げる」ってめっちゃよくないですか?

逃げた自分を責める意味なんて無いですよ?

逃げた自分をちゃんと受け止めて、

「よしよし、ちゃんと自分で選んで逃げたんよな?偉いぞ」

とか言ってればいんですよ。

 

 

そんな「逃げ」超肯定派のやまだなのですが、逃げずに向き合ったほうがいいと思う状態が1つだけあります。

 

それは、

向き合いたいって思っているときです。

 

 

「何をこいつはアタリマエのことを…」

 

と思われるかもですが、注意しなきゃいけないのは、
「逃げたくない」ではなく、「向き合いたい」って思っている時ですね。

 

「逃げたくない」という、逃げたい気持ちを必死に意志の力で押さえつけるような状態ではなく、その対象であるヒト・コトと向き合いたいというポジティブな気持ちがあるときには、逃げずに向き合うほうがいいと思います。

 

 

じゃーどういうときポジティブになれるのか

 

というと、それはもう対象であるヒト・コトが好きかどうかですね。

 

逃げない自分を肯定するために、そこに居続けるのではなく、そのヒト、そのコトが好きだからこそ向き合い続ける。

 

そういう場合には、逃げるのはもったいないかなって思います。

いやこの時でも辛くて辛くて仕方ないんですけどね。

 

 

そして向き合うとですね、、すごいです。

なんか自分のランクが変わるのがわかりますw

 

 

そもそも向き合うっていうのは、究極的のはそのヒト・コトではなく、

 

そのヒト・コトを介して自分をじっくり見つめなおす

 

ことをいいます。

なので、ヒトにもう全くわけわからんキレ方されたり、超絶理不尽なコトに出会ったとしてもそれ自体の善悪はあまり関係なくて、そのヒト・コトが自分の外縁・輪郭・限界を見せてくれてるだけです。

 

 

人生には

「え、なんで今俺怒られているの?」

「それでキレられるとかイミフ…」

「こんな仕打ちどうすればえんよ。。」

みたいなことが沢山あります。

 

そんな時に、その対象であるヒト・コトに苛ついて、ムカついて、それらをそのままぶつけるよりも、自分と向き合うチャンスと捉えるのが有益に感じます。

 

ヒト・コトは自分を映す鏡だなーとね。

 

そして自分と向き合うと、結構色んなことがわかったりします。

 

たとえば、誰かに裏切られたと感じた時に、実はそのヒトと同じ態度を知らないうちに自分で、両親だったり、近しい人だったりにやってたりします。

 

他にも、部下的な人に対して全然仕事できないなーって嘆いている時に、実は自分ができない仕事をできる風に語っていたりします。

 

 

これは因果応報とか、スピリチュアルとかそういう話ではなくて、向き合うということは、そういう風に自分を深掘りする機会を得られているってことです。

 

いやー、とはいうものの辛いです。

何度投げ出しそうになったことかw

 

でも、これ不思議なんですけど、ある時、ふっと抜けます。

ほんとに、自分の人としてのランクが一段回上がったかのような気持ちになります。

 

この経験をしただけで、今までの辛かったことは全部

 

「あーこれ味わえるならしゃなーなかったな」

 

ってなりますね。

 

なので、今本当に辛くて、しかも先も見えない状況でも「向き合う」って決めて向き合えているのなら全然大丈夫です。

むしろ、そういう機会は実はなかなか得られないので、羨ましいですよ。うん。

 

たぶん、抜けた経験のある人ならわかってくれるんじゃないかな?

 

お!いま「向き合い」中?

いーね!羨ましい!

 

って言うと思うw

 

 

今、辛くて辛くて仕方ない人は、「逃げ」てもいいです。

大丈夫です、本当に大切な課題なら、今度は「向き合える」ように形を変えてもう一度自分の前に現れるので。

そんなに重く捉えなくても、割と人生うまく出来てると思いますよ?

 

 

そんな感じでおあとがよろしいようで。

 

 

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