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きりくちぶろぐ

好きなきりくち(切り口)から、漫画、映画、本、思想、事柄を語ったり、やってみたり

地方出身者って、東京に逃げてきてない?

考え 行動

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情報のアップデートのない同級生
 
噂大好きな近所の人
 
新しいことを否定する空気感
 
 
地元を出たくて出たくてたまんなかった。
これは東京への憧れというより、ココを離れたいという気持ちなんだとおもう。
 
 
そして、実際東京へ出てきて本当に良かった。
これは、最初から東京(近辺含む)にいる人にはわからない感覚だと思うけど、
 
 
 
まず、スピード感が違う。
全ての情報、人材、技術がケタ違いのスピードで動き回っている。
1回田舎に1ヶ月くらい行ってみてほしい。置いてけぼり感がやばい。
 
 
 
次に、視点の数が違う。
たとえば、「おもしろい人」は田舎では数種類だけど、東京では数千種類いる。
1000人が「気持ち悪い」ということを、1人が「ブラボー!!」と絶賛する。
こういう視点の数に救われたし、これらがあったからこそ多様な価値観が生まれたんだと思う。
この辺は海外とかになるとさらになるのかもね
 
 
ほかにも、
 
美味しいお店
イケてたり、可愛かったりする友達
テレビとの距離の近さ
 
等々いいことがめちゃくちゃあった。
 
 
 
で、だ。
 
・・・もうやりきってない?
東京に出てきてやりたかったこともう全部やってない?
今、東京にいるのは蛇足じゃない?
 
 
東京でまだまだやりたいことがあるなら、それは素晴らしい。
がんがんやってもらいたい。
また、東京の水があっているなら、それも凄くいい。
是非、永住してもらいたい。
 
 
 
だけど、上記の僕のように地元から出たくて、
いや、地元から逃げたくて出てきたなら、そろそろもうよくない?
 
 
 
 
地元の友達、近所のおばちゃん、両親家族、そういうものともう一回向き合ってみてもえんじゃないかな。
 
僕は不思議だったんですよ、東京の人の自然体感が。
なんか無理してないんよね。
 
 
地方出身者は、
やるぞやるぞやるぞーー!!!
 
って力んで、頑張って、それを周りに言って回っている感じなんですが、
 
 
東京出身者は、
楽しいことやってまーす
 
って感じで、さらっとめちゃくちゃすごいことやってたりする。
 
 
こういう違いがどこからでてんのかなーって思ってたんだけど、もしかしたら、東京の人らは僕らが「めんどくさい」として、捨てて、逃げてしまったモノたちとずっと向き合い続けたんじゃないかな
 
 
そりゃ磨かれるわ。
そして、厚みのある自然体な人物でいられるんだと思う。
 
 
僕は、今地元に帰ったばっかりで特に何もやってないんですが、
 
アップデートのないと思っていた同級生は、家族だったり、専門的な能力だったり、精神的なモノだったり、わかりにくく、指標として測りにくい別の所を深掘りしているだけで、しっかり成長していた
 
噂好きだと思っていたおばちゃんは、小さいころと比較した僕の細かい変化やなぜそのような考えに至ったのかの背景等をしっかりと把握してくれた上で、気にかけてくれてるだけだった。
 
新しいことを否定する空気感は、当時の自分にそれを壊せる力がなかっただけだった。
 
 
 
そんなことが帰ってみてわかりました。
 
勘違いしないで欲しいのは、僕は「逃げる」ってことに対してもめちゃくちゃポジティブです。
逃げた先にしか得られないものがあるって知っているので。
 
ただ、逃げ飽きたら地元っていうのをもっかい意識してみてもいいかもしれないなとは強く思います。
 
そんな感じでおあとがよろしいようで。
 
 
 
<目次> 
 
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ブログを始めて変わった5つのこと -主に現実世界の変化

考え

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同じシェアハウス(ソーシャルアパートメント)で生活していた友人のおかのくんから
 
「なんか名刺となるもの持てば?ブログとか」
 
と言われて、なんとなくはじめた ”きりくちぶろぐ”
 
結論めっちゃ良かったんですが、かれこれ9ヶ月位たったので現実世界で起こった変化を5つ紹介したい。
 
 
 

1 あだ名がブロガー(笑)になった

会社ですれ違う人や、友達とかに
 
「お、ブロガーさんw」
 
と呼ばれるようになった。
正直恥ずかしいw
 
また、結構真面目な話しているときに
 
「ですからこういった切り口もあると思うんですよね」
 
「え、”きりくち”?w」
 
「やかましいwww」
 
みたいなやり取りも増えたw
 
 
 

2 ごはんのクオリティが上がった

結構久しぶりに友達とご飯に行った時とか、「読んでるよ−」と言ってもらえることが増えた。んで読んでもらえてるのを前提として話せるから、久々でも割りと深い話からスタートでき、ご飯の際の会話のクオリティが格段に上がった。
満足度が高まる一方というw
 
また、たとえばFacebookでいいねが10くらいの記事でも、予想以上に読んでくれている事に気づいた。サイレントマジョリティというのはこういうのをいうのか…と。
 
 
 

3 批判を楽しめるようになった

たまに批判をもらう。
 
「意識高いのうざい」
 
とか。
(比較的少ないほうかなって思いますが)
 
最初はいちいち凹んでいたんですが、途中からむしろどうやってイケてる切り返しをしてやろうかとか考えるようになった。なんで、ノンスタイルの井上さんとか今結構好きw
 
好意90、悪意10でも悪意の方に注目しがちなんですよね。
これしゃーないんですが、途中から
 
「いや、これ好意持ってくれている人に失礼じゃね?」
 
と思い出して、なんとなく考え方変わりましたね。
悪意のおかげで、好意もってくれてる人のありがたみもよりわかりましたし。
 
 
 
 

4 イミフなチャンスが増えた

思いがけない出会いや、新しいきっかけを沢山もらった。
 
たとえば、アカツキ辞めて津山に帰るよっていったら、「是非会いたい」と言ってくれる人が複数いて今度その人と一緒にシェアオフィスやるし、一緒にビジネスやるし、ドローンを飛ばすw
 
他にも、「悩んでいたのにすっきりして次に進めた」等わざわざ連絡をくれたり、逆に悩みが増えたから是非話し聞いて欲しいと誘われることが増えた。
 
 
ここにいるよー!
 
って声を上げることの重要性を本当に感じている。
(というか、そんな僕を見つけてわざわざ労力使って会ってくれてる方々に本当に感謝だ)
 
 
 

5 多様な価値に気付いた

自分としては普通のことを普通に書いた時、めちゃくちゃバズったり、反響があったりした。
 
反対に、
 
「これはいけるだろう(ふふふ)」
 
というような気合い入った記事が全くだれからも何も言われなかったりする。
(…寂しい)
 
こんなことから、出したアウトプットの価値を決めるのは自分じゃないんだなって本当に実感した。だから、躊躇せずに色々アウトプットしてみる気になった。
大丈夫、しょうもない記事とかみんな勝手に忘れてくれるってw
 
 
 
 
 
とこんなにいろんな変化があって、ここ数年でやってよかったこと間違いなく第1位がこの
 
ブログをはじめた
 
でしたね。
 
なんで興味ある人はなんでも聞いてくださいねー。
割とやってみるとはまるかも。
ではでは、おあとがよろしいようで。
 
 

 

<余談>

そんな僕ですが、ブログを書く気分がめちゃくちゃ下がるタイミングもあったりします。そんな時に読むのが下記2冊。
 

1 クリエイティブの授業

クリエイティブの授業 STEAL LIKE AN ARTIST

クリエイティブの授業 STEAL LIKE AN ARTIST "君がつくるべきもの"をつくれるようになるために

  • 作者: オースティンクレオン,Austin Kleon,千葉敏生
  • 出版社/メーカー: 実務教育出版
  • 発売日: 2012/09/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • 購入: 2人 クリック: 29回
  • この商品を含むブログ (18件) を見る
 

 

「凄いものじゃないと価値が無い」というのが思い込みだということを教えてくれた名著。
死ぬまで評価されないなんて普通。なら創ってみよう、と思える本。
 

 

 

2 クリエイティブを共有 

クリエイティブを共有!  SHOW YOUR WORK!

クリエイティブを共有! SHOW YOUR WORK! "君がつくり上げるもの"を世界に知ってもらうために

 

何が起こるかわからない。けど、シェアしないと何も起こらない。

そんなことが分かる本。
 
上がるので、よければどぞー。
 
 
 
 
<目次>
 
 
 
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生き方は好みで決めるしか仕方ない

考え

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「大起業かベンチャーか悩んでるんですよね・・・。」
 
とか
 
「辞めて自分でビジネスやってみたいんよねー。」
 
とかの相談をよく受ける。
 
 
もうなんというか答えから言わせてもらうと
 
 
好みで決めるしか仕方ない
 
 
うん。
これはもうそういうもの。
どうしようもない。
 
 
ちょっと言葉足らずだから、転職で悩むのAくんの未来を垣間見てほしい。
 
 
 

<0日目>

 
「大企業に残るかベンチャーに転職するか、どっちを選ぼうか・・・?」
 
 
 

<3ヶ月後>

1 大企業ver

毎日「つまらないなー」といいながらも割りと安定した生活を楽しんでいる。
ベンチャーに移った友人を羨ましくは思うが、大変そうな姿を見て、まあ自分は大企業のままでよかったかなって思っている。
 
 
 

2 ベンチャーver

移ってみたら面接の際に聞いていた話と違うことも多く、日々この選択は正しかったのかと苦悩する。勤務時間も増え、友人と遊ぶ時間もなくなり孤独になっていった。
「俺はなんのために生きているんだろう」が自分の中でバズワードに。
 
 
 

<5年後>

1 大企業ver.

社内のビックプロジェクトにアサインされ、意気揚々と仕事をする毎日。ただし、責任の大きさに加えて自分の能力が足りないのではないかという葛藤もある。部下が「あいつできないよなー」と言っているのを聞いてしまい、明日仕事に行くのが憂鬱。
 
 

2 ベンチャーver.

つらい経験を複数経て、自分の仕事に自信が持ててきた。社外のどんなすごい肩書の人とでも対等に話ができる自分を誇らしく感じている。
 
 
 

<10年後>

1 大企業ver.

プロジェクトは程々の出来であり、マイナスもないけど大きなプラスもない評価を受けた。ただ、この頃に運命の相手であるBさんと出会い、結婚、子どもが生まれる。自分の幸せは仕事ではなく家庭にあったのかと、楽しくてたまらず子育てをする日々。
 
 

2 ベンチャーver.

今までこんなにモテたことがあっただろうかというくらい人気になる。ただし、自分が社会に対して価値を出すことの魅力にハマっており、異性に対する興味はそこまでではないため、適度に遊ぶ程度にとどまる。起業も考え始めた。
 
 
 
 

<30年後>

1 大企業ver.

大企業の倒産。
いざ再就職しようにも、自分には特段価値を発揮することができるスキルがないことに気付く。面接も全滅。手塩にかけた娘には「お父さんってなんか・・・、なんかね。。」と、はっきり言われないことがより辛く、切ない日々を送る。
 
 

2 ベンチャーver.

自ら起こした企業が軌道に乗らず、投資してくれた方々に頭を下げ、銀行に頭を下げる毎日。自分を支えてくれるパートナーもおらず、「俺は何のために生きているんだろう」というベンチャーに転職した当時と同じ言葉を口にするようになり、「はは、俺って何も成長してないな・・・」と自嘲気味に笑う。
 
 
 

<50年後>

1 大企業ver.

失業時代に毎日書いていた切ないサラリーマンのつぶやきがまとめられ出版。スマッシュヒットに。娘にも見直され、孫の名付け親に。孫との散歩中足を滑らせて川に落ち死亡。
死亡前の口癖は、「こんなに毎日幸せならいつ死んでもいい」であった。
 
 

2 ベンチャーver.

無理がたたり、体を壊し長期入院。会社の経営を信頼できる部下に譲った結果、世界的な企業へと変貌を遂げる。病院での生活中、同じく入院していたバイオリニストと出会い、生活を伴ににするようになる。穏やかで満ち足りた毎日を過ごし、家でゆっくりと息を引き取った。
書斎に残ったノートには、伴侶に対する感謝、友人に対する感謝、部下に対する感謝、多くの者に対する感謝が綴られていた。
 
 
 
 
 
…というね。
いや、何がいいたいかというと結局わかんなくね?ということ。
3ヶ月目の時点でAくんは、ベンチャーに転職して失敗したと思っているかもしれない。
でも、5年後ではベンチャーに転職した自分を誇らしく感じているに違いない。
 
逆に10年後、大企業に残ったAくんは自分の選択は間違いなかったと思っているかもしれない。でも、30年後には、「なぜ自分はあのとき転職して能力を高めて置かなかったのだろうか」と後悔している可能性がある。
 
ほら、わかんないよね?
 
過去の選択の成功、失敗というのは、今現時点での1評価にすぎない。
そしてそれは、ものの数分で変わる可能性がある程度のものだ。
 
 
じゃあ、どうするんだ、と。
それは
 
好みで決めるしか仕方ない
 
のである。
結局今好きか嫌いか。
 
未来がどうなるかなんて、どんな人であっても正確に見通すことなんてできないんだから、今の自分が納得する選択肢を好みで決めればいい。
もちろんその時に未来に思いを馳せるのは大事。
 
「ベンチャー選んだらこんなかんじになれるかなー(わくわく!)」
 
と未来を今現在を充実させるために利用するのはとても良い方法である。
どっちを選んでも思い通りにならないのだから、今の好みで選んでください。
「選べる」って事自体物凄く幸福なことなのだから。
 
 
こんなことを急いでいるのに信号の点滅で無理して渡らず車にぶつからなかったことから思い付いたやまだでした。
おあとがよろしいようで。
 
 

<余談>

というようなことを思いながら、本屋をふらふらしていたら物凄く近い考えの本を2冊見つけた。
 

1 好きなようにしてください 

好きなようにしてください―――たった一つの「仕事」の原則

好きなようにしてください―――たった一つの「仕事」の原則

 

「ストーリーとしての競争戦略」で有名な楠木先生が、あらゆる質問に「好きなようにしてください」と答えていく本。

その一言で終わりなんだけど、その後ご自身の考えを等々と話す。その話がおもしろい。この本は、質問への回答と見せかけて、質問を自分の考えを深掘りするためのツールとして利用している本。大企業vs.ベンチャーというまんまの題材もあった。もともとNewspicsなんかな。
すげー好きw
 
ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)

 

 

 
 

2 イノベーション・オブ・ライフ

イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ

イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ

 

こちらも「イノベーションのジレンマ」で有名なClayton M. Christensen氏が、自身の人生および自分の周囲の人の人生について多くの金言を残している。

あらかじめ決めた目標を目指す上で、本当に多くの偶然的な機会に恵まれ、それらと真剣に向き合うことで当初想定した目標以上の人生を歩むことができることを教えてくれる。 
イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

 

 

よければ2冊とも超いいのでぜひー。 
 
 
 
 
<目次> 
 
 
 
 
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ask.fmの使い方 -質問はいつも自分を再発見する

行動 考え

ask.fmというサービスがあります。

ask.fm

 

ものすごく簡単に説明すると、

質問に答えていくだけのサービス

説明にもなってないw

 

たとえば、こんなんがある。

 

「あなたは誰?」

 

「かっこよくないけど、あなたがいつもしていることは?」

 

「どうして男の子と女の子の服はボタンのついている方向が違うの?」

 

これらは、自動で生成された質問群だけど、他の人に匿名or実名で質問もできる&他の人から受け取れる。

このサービスの売りは、面白い回答をすることによる承認欲求だったりするんだけど、実はそれよりも、自分を深ぼるためにめちゃくちゃ使えるんじゃないかと思っている。

 

自分で0から内側にあるものを表に出せない人も、聞かれたら答えられる。

最初公開せず淡々と質問に答えて溜めてみると、自分が考えていることの外縁が見える化されておもしろいよ。

 

さらに人からの質問も受け付けて、自分再発見もおもしろいかなっと。

 

と、いうことで、以下質問募集しておりますw

お気軽にしてもらえると嬉しいです(´・ω・`)ノ

答えにくいものは全く答えない心の弱さをお許し下さいw

 

それではおあとがよろしいようで。

 

 

 

◇やまだのAsk.fm

ask.fm

 

 

 

◇iPhoneアプリ

ASKfm

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  • Ask.fm
  • ソーシャルネットワーキング
  • 無料

 

 

◇Androidアプリ

play.google.com

 

 

 

<目次>

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なぜ稚拙な表現を続けるの? -二段上からだとわからない多くの考え

考え

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人生にはいろんな段階があって、不思議なことにその段階が2つ上の人からの言葉は刺さらず、1つ上の人からの言葉はめっちゃ刺さる。
 
 
たとえば、今僕は般若心経にハマっている。
般若心経講義

般若心経講義

 

しかしこれ、学生時代に読んだ時には全く響かなかった。

それこそ、
 
いやそんなこと言う前に目標とかさ、ちゃんと定めてさ
 
とか思ってた。
 
 
 
 
他にも「うらおもて人生録」にハマっている。
うらおもて人生録 (新潮文庫)

うらおもて人生録 (新潮文庫)

 

はじめこれを紹介してもらった時は、

いやいや、そんなんじゃなくてクリティカルな考え方とか、視座上げる方法とか教えてよ
って思ってた。
 
 
 
さらに、たまに学生さんの前で話すのだが、あまり刺さらなくなってきた。
昔は、イケイケ起業家志向の人らが、ぐいぐい質問してきて、エネルギー高いなーって思っていたのだけど、最近その人達全く見向きもしてくれないw
(これは、僕の話が面白くなくなったという可能性も0ではない。…0ではない。。
 
これ、タイミング悪いといえばそれまでなんだけど、まーつらい失恋してない人に、どんなに凄い失恋からの立ち直り方法伝授しても響かないというのと一緒かと。
 
 
 
自分の人生の味わいの深さがそのまま、自分が目にするモノ、体験するコトの味わい深さに繋がっている。
だから、同じ本をタイミングを変えて読むのは物凄く意味があるし、いろんな体験をすること自体おもしろく生きるための本質的なコツなんだと思う。
 
と、これは受け手側のお話。
 
 
 
与え手側で考えると、今現在の自分の考えや、表現をその都度発信すること自体にめちゃくちゃ価値がある。
自分よりちょっとだけ上の考えが、自分の考えを引き上げる。 だからこそ、今、この時点の稚拙な考えを発することは絶対に誰かのためになる。
 
 
これは、後で見返すと
 
ぐおおお
 
となることが本当に多い。
 
赤面モノである。
Facebookの「過去を振り返って見ましょう」で何度、言葉に出来ない気持ちを味わったことか。
でも当時本気で書いたことや、描いた表現をそれだけ恥ずかしくなるのこそが、自分の成長そのものだし、まあ受け止めてあげようよ過去の自分もw
 
ということで、
こんなにしょうもないことを発信してもいいのだろうかと思ったら、騙されたと思って一旦発信してみて。
誰も見なくてもいいやん。
恥ずかしくてもええやん。
少なくても数カ月後の自分が
 
ぐおおお
 
ってなるくらいの影響はあるんだから。
 
そんな感じでおあとがよろしいようで。
 
 
 
<目次>
 
 
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